サムネ背景

【山本重雄(やまもとしげお)死去】出身地や世界のやまちゃんの歴史

 

居酒屋「世界のやまちゃん」の創業者として知られている、岐阜県が出身地の山本重雄(やまもとしげお)さんが、2016年8月21日、解離性大動脈瘤で59歳の若さで死去されました。

 

心よりご冥福をお祈りいたします。告別式は8月23日の午後1時から、名古屋市千種区千種の「いちやなぎ中央斎場」で行われ、喪主は奥さんの久美さんが務められるそうです。

 

山本重雄さんのプロフィールや、「世界のやまちゃん」の歴史をまとめました。

 

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山本重雄さんのプロフィール

山本重雄(やまもとしげお)さんは、1957年9月14日に岐阜県武儀郡洞戸村(むぎぐんほらどむら)で生まれます。武儀郡洞戸村は現在の関市です。

 

岐阜県美濃市泉町にある公立の高校、岐阜県立武義高等学校を卒業し、海上自衛隊に入隊します。

 

山本重雄さんは海上自衛隊では調理班だったようで、『あなたも一億円貯められる』という本を訓練の合間の時間で読み、そこに書かれていた「焼き鳥屋は儲かる商売」を見て、商売をやろうとひらめいたそうです。

 

そして、21歳の時に海上自衛隊を除隊し、名古屋にある居酒屋「栄太郎」「村さ来」でそれぞれ1年づつ修行を重ねます。

 

山本重雄さんが修行をしていた居酒屋では、手羽先唐揚げの元祖「風来坊」の手羽先をまねて提供していましたが、同じ味は作り出せなかったので、胡椒を利かせたり、カレー味にしたりして工夫していたそうです。

 

手羽先唐揚げの元祖「風来坊」の創業者は、1960年代にスープの材料くらいにしか使い道がなかった手羽先に注目し、甘辛いタレとゴマをたくさん振りかける調理法を考え店を出すと、一気に評判になって人気店になりました。

 

独立し居酒屋をオープン

山本重雄さんは1981年6月14日、24歳の時に名古屋市中区新栄に「串かつ・やきとり やまちゃん」という居酒屋をオープンします。

 

権利金120万円で始めた「串かつ・やきとり やまちゃん」は、古い木造アパート1階の4坪のスペースで、座席は13席ありました。

 

山本重雄さんは初めての自分の店という事もあり、午後6時~朝5時まで自分一人だけで営業していたそうです。

 

店名のとおり、メイン料理は串カツと焼き鳥でしたが、手羽先唐揚げの試行錯誤を重ねていき、「風来坊」とは違った、コショウをきかせタレ甘みを抑えた「山ちゃん風手羽先」を完成させます。

 

世界の山ちゃんのはじまり

他の店のほとんどが「風来坊」の味をまねて、甘辛い味付けの手羽先を提供する中、ピリ辛味でビールに合う「山ちゃん風手羽先」は大ヒットします。

 

そして、必ず完売するほどの人気メニューで、「幻」と呼ばれるまでになりました。これが「世界の山ちゃん」の始まりでした。

 

山本重雄さんがたった一人で始めた「串かつ・やきとり やまちゃん」は、日商7万円、月商200万の店に成長し、開業してから3年後には1000万円の現金が残ったそうです。

 

「本当に焼き鳥屋はいい商売だと思って、店舗を増やすことにしたんです」と当時を振り返る山本重雄さんは、1984年4月に店を移転し、住吉店をオープンし、8月に改めて新栄店をオープンさせました。

 

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世界のやまちゃん誕生

山本重雄さんは1984年に個人営業から、「有限会社世界のやまちゃん」の会社組織にして、1985年に名古屋市千種区に今池店をオープンさせ、1985年4月11日に「株式会社世界のやまちゃん」になります。

 

1986年10月に葵店、1987年11月に千種店など、どんどん店舗を増やしていきます。それと同じように、他にも手羽先を看板にする店がどんどん増えていき、気が付けば手羽先唐揚げが名古屋名物と呼ばれるようになっていたそうです。

 

「世界の山ちゃん」が名古屋市内に10軒まで増えた頃、「手羽先の山ちゃんだけでは飽きられるんじゃないかと不安になった」という山本重雄さんは、他の新事業にも挑戦し始めます。

 

1991年に「BAR YAMACHAN」、1992年に「となりのやまちゃん」など、寿司居酒屋、洋風居酒屋、ガールズバー、ラーメン店と様々な業態を出店するも、「世界の山ちゃん」のような人気店にはならなかたようです。

 

山本重雄さんは、1995年に「世界の山ちゃん」をフランチャイズ化させ、1997年には山本重雄さんがモデルと言われているイメージキャラクターの「鳥男」が登場しました。

 

最後に

今回は「世界の山ちゃん」の創業者で、株式会社エスワイフードの代表取締役会長を務められていた、山本重雄さんについてまとめました。

 

「世界の山ちゃん」が大好きな中日ドラゴンズファンの友達がいるので、ナゴヤドームに野球を見に行った後の山ちゃんはお決まりのコースです。

 

「世界の山ちゃん」派と「風来坊」派に分かれますが、自分の周りは山ちゃん派が圧倒的に多いです。辛いのが苦手なので、自分はとちらかといえば「風来坊」派ですが(^-^;

 

創業者の山本重雄さんが59歳の若さで亡くなられたというニュースにはとても驚きました。ご冥福をお祈り申し上げます。

 

近いうちに友達と「世界の山ちゃん」に食べに行こうかなと思います。

 

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