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山口敏夫(やまぐちとしお)の現在は?誰の息子?秘書や収監時代のwiki!

 

山口敏夫(やまぐちとしお)さんの現在が気になって検索されている方もいるようですが、今回の都知事選への出馬を表明するようで驚きました。

 

山口敏夫さんは誰の息子?ということや、秘書時代もきになるので、wikiプロフィールを調べてみました。

 

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山口敏夫さんのwikiプロフィール

山口 敏夫(やまぐち としお)さんは、1940年8月29日に埼玉県東松山市で生まれました。

 

2016年7月5日現在の年齢は75歳で、ニックネームは「政界の牛若丸」「珍念」「隙間政治家」などがあったようです。

 

山口敏夫さんは、元衆議院議員だった山口六郎次さんの息子で、奥さんは山口佳子さん。

 

秘書から最年少で当選

山口敏夫さんは、埼玉県立松山高等学校を経て、明治大学法学部を卒業。

 

大学在学中に衆議院議員だった父親・山口六郎次が亡くなり、卒業後、労働省職員を経て石田博英衆議院議員の秘書を務めていたそうです。

 

そして1967年、息子として父親の後を受け継ぎ、第31回衆議院議員総選挙に旧埼玉県第2区から無所属で出馬し、初当選。山口敏夫さんは当時最年少の26歳で話題になったみたいです。

 

政治工学研究所を結成

1972年、厚生政務次官に就任し、その一方で当時自民党内で台頭していた、党内右派に対抗する形で、当選同期の河野洋平さんや1期上の西岡武夫さんら、党内左派に属する若手グループで、政治工学研究所を結成。

 

1976年、ロッキード事件を受けて、河野洋平さん、西岡武夫さん、田川誠一さんなど、党内のリベラル派議員と自民党を離党し、新自由クラブを結党。年末の「第34回衆議院議員総選挙」では、「クリーンな政治」を掲げて、新人を12人も一気に当選させて大勝。

 

労働大臣に就任し、初入閣

山口敏夫さんは1984年、第2次中曽根改造内閣で労働大臣に就任し、初入閣。

 

1986年、第38回衆議院議員総選挙で新自由党クラブは惨敗して解党し、山口敏夫さんや河野洋平さんなどが自民党に復党。

 

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業務上横領、詐欺の共犯の疑いで逮捕

1994年、村山内閣発足後、新進党結党に参加するも、1995年に二信組事件に関与した疑いで、6月17日に衆議院で証人喚問を受ける。

 

そして、その年の12月に背任、業務上横領、詐欺の共犯の疑いで逮捕状が出され、衆議院本会議で逮捕許諾決議が可決されたので逮捕され、新進党も離党。

 

政界を引退

1996年の「第41回衆議院議員総選挙」には出馬しなかったので、事実上政界を引退。

 

この選挙で奥さんの山口佳子さんが講演会に推され、埼玉県第10区から無所属で出馬するも、山口泰明さんに6万票以上の大差をつけられて惨敗し、後援会も解散したそうです。

 

懲役3年6ヶ月の実刑判決

2000年に東京地方裁判所で懲役4年、2003年に東京高等裁判所で懲役3年6カ月の実刑判決を受け、山口敏夫さんは上告するも、2006年12月に最高裁判所が上告を棄却。

 

上告棄却に異議を申し立てるも、それも棄却され、懲役3年6カ月の実刑が確定し、2007年3月22日に東京地検に出頭し収監され、2009年10月に刑期途中で仮釈放されました。

 

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