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田端良基の現在、亜細亜大学を退部した理由は?Twitterで弟にエール

 

田端良基は現在何をやっているのだ?亜細亜大学を退部した理由はなんだったのだ?

 

田端良基さんって、阪神タイガースの藤浪晋太郎と同期で大阪桐蔭が春夏連覇した時の4番打者、春のセンバツで花巻東高校のエースだった、北海道日本ハムの大谷翔平選手からもホームランを打った人だよね。

 

じゃあ、みんなで田端良基さんの現在と、亜細亜大学を退部した理由を調べてみましょう。

 

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田端良基の現在

田端良基(たばた よしき)さんは、1994年6月27日生まれの21歳、大阪桐蔭高校から亜細亜大学に推薦入学した後退部、現在は日本ウェルネス大学北九州にこの春から入部し、復活を目指しているみたい。

 

日本ウェルネス大学北九州は、17歳から24歳の53人の部員がいて、チームに溶け込めずに高校や大学の野球部を退部した選手や、経済的な事情で野球が続けられなくなった選手が多いらしいのだ。

 

田端良基さんは現在の目標を聞かれて、「ここ(日本ウェルネス大学北九州)で活躍して企業チームに入ること」って言っていたそうだよ。プロもまだ諦めていないみたい。

 

亜細亜大学を退部した理由

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田端良基は亜細亜大学の野球部に推薦入学で入部して、3日も経たないうちに退部してしまったそうだ。

 

その当時は、亜細亜大学に入部したはずの田端良基選手の名前が、亜細亜大学野球部のホームページの部員一覧に最初から載っていないという事が話題になったみたいだね。

 

亜細亜大学野球部は、元阪神タイガースの赤星憲広さんも卒業している名門校だけど、とにかく上下関係と練習が厳しい学校みたいで、赤星さんも何度も心が折れそうになったみたいよ。

 

だから、田端さんが亜細亜大学を退部した理由は、そういった環境に耐える事が出来なかったんじゃないかと言われていたそうだね。

 

でも亜細亜大学野球部を退部した理由は、そうではなかったみたいなのだ。

 

田端良基さんは亜細亜大学を退部した理由を「キツいから辞めたとかではなく、高校卒業してプロに入るという目標がなくなり、もう野球はええやと思ってしまったんです」と言っているみたいだよ。

出典:http://sports.yahoo.co.jp/column/detail/201604190008-spnavi?p=1

 

燃え尽き症候群っていうやつだな。

 

田端良基がTwitterで弟にエール

田端良基選手の弟は、大阪偕星学園から立命館大学に進んで野球をやっている、田端拓海選手なのだ。

 

田端選手のTwitterを見ていると、弟の拓海くんの話題がたくさん出てきて、とても弟想いの優しい一面が伝わってくるわ。

 

 

田端良基はヤンキーだったという噂があるが、弟の拓海もそうとうだったらしいぞ。

 

たしかにこの写真を見る限りでは、そういう面影はあるかな(^-^;

 

拓海さんがヤンキーだった頃のこんなエピソードがあったよ。

 

1年(高校)の夏から主軸を打ち、キャッチャーとしての試合経験も積んできた田端拓海は、初めて山本監督と対面した時、茶髪だった。

「中学3年の年明けくらいでした…」

少々バツの悪そうな表情を浮かべる田端。当時は土日の野球と遊びには一生懸命だったが、学校生活には馴染まない超ヤンチャ坊主だった。

だから進学先も最後まで決まらない。田端を山本監督へとつなげたのは、倉敷高時代の教え子で、プロに進んだ宮本武文(元巨人)だった。

プロ生活を終えて和歌山に戻った宮本は、田端が所属していた和歌山シニアでコーチをしており、〈山本先生しか無理や〉と田端を連れてきたのだ。

ところが、茶髪で挨拶もできない15歳に山本監督が爆発した。

「椅子を投げ飛ばされて、その場でハサミで髪を切られました。それもかなり適当に(笑)。あの頃はほんとにアホでした。人の言うことは聞かないし、挨拶もできなかったし…」(田端)

出典:https://gunosy.com/articles/RXbGT

 

このくらいの年齢だと、やっぱり指導者の影響がかなり大きいのだ、今年のセンバツで準優勝した香川の高松商業高校もそうだが、監督によって大きく変わるのだ。

 

拓海君は山本監督と出会えて本当によかったみたいね。このエピソードの記事は全部読むととても面白かったわ。

 

今回は、新天地で復活を目指す、田端良基選手についてまとめてみました。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました^^

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