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下水流昂(しもずるこう)結婚してる?評価は?ミタパンと意外な接点!

 

広島東洋カープの下水流昂(しもずるこう)選手は、本当に変わった名前ですね。読み方はもちろん、どこで区切るかも分かりません・・・。「下水流」が名字で「昂」が名前みたいです。

 

そんな広島の下水流昂選手が結婚しているのかや、選手としての評価を調べてみると、フジテレビの人気女子アナウンサー・ミタパンこと三田友梨佳(みたゆりか)さんと、意外な接点があることが分かりました。

 

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下水流昂選手のwikiプロフィール

広島東洋カープのプロ野球選手・下水流 昂(しもずる こう)選手は1988年4月23日、神奈川県横浜市青葉区で生まれました。現在の年齢は28歳(2016年7月3日時点)で、身長178cm・体重85kgの右投右打の外野手です。

 

下水流昂選手の学歴や経歴

下水流昂選手はお兄さんの影響で野球を始め、横浜市立鴨志田第一小学校から横浜市立鴨志田中学校に進学。本格的に野球を始めたのは、中学校の時に入団した「緑中央シニア」というチーム。

 

下水流昂選手は横浜高校に進み、1年生の春から既にベンチ入り。そして、2年生の秋にはセンターのレギュラーに定着していました。2006年3月23日~4月4日に阪神甲子園球場で開催された「第78回選抜高等学校野球大会」に3年生の時に出場。

 

下水流昂選手は、3月31日に行われた準決勝第2試合の対早稲田実業戦から4番で起用され、早稲田実業は13対3、4月3日に行われた岐阜城北との決勝戦も、12対4で圧勝し、横浜高校の8年ぶりの優勝に大きく貢献しました。

 

2006年8月6日~8月21日の期間で開催された、夏の甲子園「第88回全国高等学校野球選手権大会」に出場するも、1回戦で大阪桐蔭高校に6対11で負けてしまいました。

 

青山学院大学時代

下水流昂選手は横浜高校を卒業し、青山学院大学に進学。硬式野球部に入部して、1年生の春から東都大学野球連盟のリーグ戦に出場。大学2年生の春のリーグ戦では、1試合に2本のホームランを打ったこともあります。

 

順調な選手生活を送っていた下水流昂選手に悲劇がおとづれたのは、大学3年生の時。右膝後十字靱帯を部分断裂するという大怪我。本人はもちろん、チームへの影響も大きく、秋のシーズンで青山学院大学は1984年以来となる2部リーグに降格してしまいました。

 

下水流昂選手は、4年生の時に自分からキャプテンに立候補してチームを引っ張り、1シーズンで1部リーグに見事返り咲きました。どれだけチームにとって下水選手が必要だったかが良く分かります。

 

青山学院大学時代の下水流昂選手の通算本塁打は13本で、2年生の春と4年生の秋に東都大学野球連盟のベストナインを受賞しています。

 

そして、フジテレビの女子アナウンサーのミタパンこと三田友梨佳アナは、青山学院大学の同級生で、野球部のマネージャーをしていたそうです。下水流昂選手は「プロで活躍して三田アナのインタビューを受けるのが目標のひとつ」と2013年1月のインタビューで話していました。

 

ミタパンが大学の野球部でマネージャーをやっていたとは知りませんでした。三田友梨佳アナは、ウグイス嬢や場内アナウンスをやったり、4年生の時には、2010年7月30日~8月7日にかけて日本で開催された「第5回世界大学野球選手権大会」の学生スタッフとして、英語での場内アナウンスなども担当したそうです。

 

社会人野球チーム「Honda」に入団

下水流昂選手は大学を卒業し、社会人野球チームの「Honda」に入団。工場に勤務して、エンジンの鋳造や不具合のチェックなどの作業を行っていたそうです。

 

社会人でも1年目から公式戦に出場し、2011年の「第82回都市対抗野球大会」では、初戦で三菱重工広島に4対7で敗退。2年目2012年の「第83回都市対抗野球大会」では2回戦で東芝に0対3で敗れました。

 

下水流昂選手は、Hondaの先輩で・読売ジャイアンツに所属している、長野久義(ちょうのひさよし)外野手を目標にしているそうです。

 

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広島東洋カープに入団

下水流昂選手は2012年10月25日に開かれた「プロ野球ドラフト会議」で、広島東洋カープから4巡目指名を受けて入団。

 

広角打法でパンチ力があり、50メートル走が6秒2で俊足、遠投110メートルの強肩、積極的な打撃などが高く評価されていました。

 

下水流昂選手は、プロ1年目の2013年春季キャンプを2軍スタートで迎え、紅白戦などでアピールして結果を残し、1軍に帯同するも、3月15日に右長内転筋損傷という怪我をし、戦線を離脱してしまいました。

 

プロ入り1年目は、ほとんどを2軍で過ごすという悔しいシーズンになりましたが、2013年10月3日に1軍登録されて、その日に即スタメン出場。その期待に応えてプロ初出場・初安打を記録しました。

 

そして、10月6日のシーズン最終戦では、代打で出場してプロ初打点を記録。広島東洋カープはその年クライマックスシリーズに出場し、下水選手は左ピッチャー対策の右バッターとして登録メンバーに入り、第1戦の阪神タイガース戦で代打出場を果たしました。

 

プロ2年目の2014年は1軍での出場は果たせず、プロ3年目の2015年は2軍で14本塁打で好調をアピールし、9月3日に1軍登録されて、5試合に出場するも10打数2安打の成績に終わりました。

 

そして、プロ4年目の2016年。下水流昂選手は社会人時代から付き合っていた、中学時代の同級生と1月21日に結婚。進退もかかるような大切なシーズンを前に、支えになってくれる奥さんを得て、首位を独走する広島東洋カープの貴重な戦力として活躍しています。

 

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