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大庭佳(おおばけい)さんは、川崎高校で働きながら野球を頑張る球児!

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大庭佳(おおばけい)さんは、神奈川県立川崎高校の定時制3年生で、バイトをしながら野球を頑張っている高校球児。大庭佳さんのエピソードにとても感動しました。

 

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大庭佳さんのエピソード

大庭佳さんのエピソードは、今日2016年7月17日(日)に配信された、「朝日新聞デジタル」の記事で読みました。

 

大庭佳さんの年齢は18歳で、神奈川県立川崎高校の定時制に通っている高校3年生。

 

5歳の時に両親が離婚し、中国出身の父親とその再婚相手の方に育てられ、実の母親は大庭佳さんが7歳の時に亡くなられたので、顔もはっきり覚えていないそうです。

 

そして、小学校5年生の時に父親から中国への留学を勧められて、「帰国子女って格好いいかも」という理由で、2歳年上のお姉さんと福建省の学校に通い、中学校2年生で帰国した時には、中国語が喋れるようになっていたようです。

 

高校野球を始めるも・・・

大庭佳さんは、神奈川県立川崎高校の定時制に入学し、野球部に入部しましたが・・・。

 

小学生の頃にやった草野球の興奮が忘れられず、県川崎の定時制に入って野球部に入部した。その5月、姉から「お父さん、長くないかも」と告げられた。父は重い病に侵されていた。「親孝行もできていないのに」。涙をこらえるのに必死だった。

(出典:朝日新聞デジタル 7月17日)

 

お父さんが病気になり、仕事を失います。

 

そして、家計を助けるためのアルバイトは、朝6時からのコンビニ勤務も含めて週に20時間にも及び、仕事が終わってから午後3時過ぎから始まる授業まで、全日制の生徒達と同じ野球部の練習が出来るのは、たったの1時間。

 

野球部の先輩に誓った高1の夏

大庭佳さんは高校1年生の夏、横浜スタジアムで行われた高校野球の神奈川大会で、川崎高校野球部は惜しくも敗れ、ベンチから声援を送っていた大庭佳さんは「このチームは僕が守っていきます」と先輩に誓ったそうです。

 

3年生の先輩が抜けると、野球部の部員は大庭佳さん1人だけに・・・。

 

それでも、先輩との約束を果たすために監督と2人で練習を重ね、高校2年生になった時には、1年生が5人入部し、大庭佳さんは野球部のキャプテンになりました。

 

そして迎えた夏の大会。

 

野球部以外の生徒にも協力してもらって臨んだ夏は初戦でコールド負け。直後の練習試合も大敗した。無気力になり、グラウンド整備に誰一人出なかった。「全員辞めろ」。監督の怒声が響く。1年生が謝りに行く中、1人動けなかった。

(出典:朝日新聞デジタル 7月17日)

 

バイトと勉強の合間で時間を作って練習しても結果が出ない大庭佳さんは、先輩と約束した「チームを守る」という覚悟が消えていき、練習に行けなくなってしまったそうです・・・。

 

大庭佳さん最後の夏

そして、大庭佳さんが学校でキャッチボールをして遊んでいた時。

 

「野球部を辞めると絶対後悔するぞ」。横浜スタジアムでの試合で引退し定時制に通う岸井聖弥(20)から言われた。岸井も経済的余裕のない家庭で育った。4人兄弟の次男。母や兄弟と離れて祖父母の家で暮らす。野球を最後まで続けられたことが救いだ。そんな実感から出た言葉だった。

(出典:朝日新聞デジタル 7月17日)

 

先輩からこう言われた大庭佳さんは、忙しい毎日の中真剣に悩み、高校3年生になった2016年4月、久しぶりに野球部の練習へ顔を出すと、部員が増えていた。

 

就任したばかりの古川雅一監督(57)に頭を下げた。「また野球がしたい」。勝手な言葉と分かっていた。振り返ると後輩は笑顔だ。「ごめん」。心でつぶやいて飛び込んだ。

(出典:朝日新聞デジタル 7月17日)

 

今日2016年7月17日が高校野球神奈川大会の初戦で、バイト先に休みをもらい試合に臨む大庭佳さん「もう逃げない。最後の夏、思いっきり楽しみたい」と心に誓ったそうです。

 

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まとめや感想

大庭佳さんは、アルバイトで稼いだ月約10万円の収入のうち、4万円をお父さんの治療費に充て、残りで野球用具や学費を工面しているそうです。

 

自分は普通に高校で野球をやらせてもらっていましたが、大庭佳さんのように苦労をしながら、いろいろな事を頑張っている学生さんがたくさんいるんだろうなと思うと、本当に凄いなと思うのと同時に、いかに恵まれていたかを改めて実感しました。

 

自分の父親も、学生の時に定時制に通いながら野球部で頑張っていたそうで、本人は子供にはあまりそういう事は話さない人でしたが、おじいちゃんやその当時父親がアルバイトをしていたガス屋のおじさんから、その話をよく聞かされていました。

 

昔は硬球ボールの糸がほつれると、自分で縫って修復していたそうです。父親は家庭も貧しく、苦労していたようですが、その分子供には甘く、兄弟2人を大学まで行かせてくれて、とても大切に育ててもらいました。

 

父親は今年75歳になりますが、本当に尊敬し感謝しています。

 

大庭佳さんも苦労してきた分、きっと良い父親になるんでしょうね。最後の夏の大会を思いっきり楽しんで頑張って欲しいなと思います。

 

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