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宮地佑紀生はどですか!や寿がきやのCMで有名!経歴や学歴のwiki!

 

宮地佑紀生(みやちゆきお)さんは、「どですか!」や「寿がきやのCM」で有名な、東海地方を中心に活動するタレントです。

 

そんな宮地佑紀生さんの経歴や学歴などのwikiやプロフィールを調べてみました。

 

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宮地佑紀生のwikiプロフィール

実家は日本でも珍しい緞帳屋

宮地佑紀生(みやち ゆきお)さんの生年月日は1949年1月19日。

 

愛知県名古屋市中区大須で生まれ、2016年6月30日現在の年齢は67歳。

 

身長は163cm。所属事務所は「サンデーフォーク」。

 

実家は日本でも珍しい緞帳(どんちょう)屋。

 

緞帳とは、舞台にある幕のひとつで、客席から舞台を隠す為の幕です。

 

宮地佑紀生の学歴

宮地佑紀生さんは、大須小学校、前津中学校を経て、高校は愛知県名古屋市千種区にある私立高校・愛知高等学校を卒業。

 

そして大学は、愛知県日進市の愛知学院大学を卒業し、東京都千代田区にある専門学校・東京デザイナー学院に進みました。

 

宮地佑紀生の経歴

アクセサリーショップを創業

宮地佑紀生さんは、23歳の時にアクセサリーショップ「参百六拾六日の店」を創業。

 

ラジオパーソナリティーに

宮地佑紀生さんは、名鉄セブンの社員が行っていた生CMに25歳の時に出演。

 

それがきっかけで、東海ラジオの塩瀬修充プロデューサーに誘われて、ラジオパーソナリティーに。

 

そして、東海ラジオで放送していた深夜番組「ミッドナイト東海」で、1975年4月~最終回の1983年8月まで、月曜日のパーソナリティーを担当していました。

 

バンド「無有(むう)」を結成

宮地佑紀生さんは1976年、「無有(むう)」というバンドを結成。「名古屋っ子」などの曲を発売して、全く売れなかったそうです。

 

宮地佑紀生さんはその頃まで本名の宮地由紀男で活動していましたが、長女が誕生した事をきっかけに、現在の名前に改名したようです。

 

事業拡大で借金が1億円に

宮地佑紀生さんは、23歳の時に創業した「参百六拾六日の店」の経営もタレント活動をしながら続けていました。

 

豊橋市や軽井沢町など、全国に最大13店舗を展開するものの、徐々に借金が増えていき、多い時には1億円もあったそうです。

 

宮地佑紀生さん本人が、2006年に借金は完済したとラジオ番組で話しているようです。

 

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活動をタレント一本に絞る

宮地佑紀生さんは、1997年に東海ラジオで『宮地佑紀生の聞いてみや〜ち』の冠番組が始まる時に、最後に残っていた「参百六拾六日の店」の店舗を知り合いに譲って、活動をタレント一本に絞ったそうです。

 

『どですか!』に出演

宮地佑紀生さんは、2002年4月1日に放送が開始された、名古屋テレビ(メ~テレ)の『どですか!』で、第2部(7時台)のメインMCを矢野きよ実さんと二人で務めました。

 

ちなみに『どですか!』は2006年3月までは、『特選朝いち どですか!』というタイトルでした。

 

寿がきやのCMに出演

宮地佑紀生さんは高校生の頃、貯金していたお小遣いで寿がきやのラーメンを食べていた時、ラーメンに振りかけようとして振った胡椒の瓶の蓋が外れて、ラーメンが胡椒まみれに・・・。

 

その時に、その店の店長さんの好意で、追加料金なしでラーメンを作ってくれて、それ以来寿がきやの大ファンに。

 

宮地佑紀生さんといえば、寿がきやのCMのイメージでしたが、最初に出演依頼が来た時は、嬉しさを超えて感動したそうです。

 

まとめ

へー。宮地佑紀生さんってこんなプロフィールだったんだね。

 

若い頃にアクセサリーショップを経営していたのは知らなかったわ。

 

借金が1億円もあって、それを完済したのは凄いね。

 

宮地佑紀生さんは、名古屋のみのもんたと言われるほど、東海地方では有名人だから、相当稼いでたんじゃないか。

 

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