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増田寛也(ますだひろや)のプロフィール!経歴や学歴は?都知事候補!

 

都知事候補に増田寛也(ますだひろや)さんが浮上してきました。自民党は都連が出馬を打診した前総務事務次官の桜井俊さんに断られて断念。

 

小池百合子さんが独断で出馬会見を開いたことへの反発があるのか、元総務相で元岩手県知事の増田寛也さんの擁立論が浮上。経歴や学歴などのプロフィールを調べてみました。

 

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増田寛也のプロフィール

増田 寛也(ますだ ひろや)さんの生年月日は、1951年12月20日で年齢は64歳。東京都世田谷区出身で、岩手県知事、総務大臣、新しい日本をつくる会議の副代表を歴任しています。

 

増田寛也の学歴など

増田寛也さんの父親は、増田盛(ますだ さかり)さん。農林官僚で参議院議員を務めた人物です。その関係で、九品仏の農林省官舎で育ち、父親が退官した後は小山台に引っ越し。

 

そして、高校は東京都立戸山高等学校に進学。学生運動が盛んな時期だったので、授業にはあまり出席せずに、読書をして過ごしたそうです。増田寛也さんは、高校の卒業式で仲間と一緒に壇上で暴れて、式を中止させたというエピソードがあるそうです。

 

戸山高校を卒業してからは、2年間予備校に通って、大学受験の浪人生活を送り、1972年に東京大学法学部に入学。

 

4年生の時の就職活動では、2年間浪人していた影響で民間企業へ就職が厳しく、旧司法試験も難しかったので、大学の定期試験を受けずにあえて1年間留年。そして、国家公務員試験を受験して建設省に入省したそうです。

 

千葉県警察本部に出向

増田寛也さんは、1982年から千葉県警察本部交通部交通指導課長に出向して、ひき逃げ事故の捜査などを担当。その間、射撃訓練に熱中したり、柔道の段位も取得し結婚。

 

そして、1986年から茨城県企画部鉄道交通課長を務め、4年半首都圏新都市鉄道つくばエクスプレスの建設準備を進めて、鈴木俊一東京都知事の説得などにあたったそうです。

 

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岩手県知事選出馬

増田寛也さんは、1994年に岩手県知事選挙に出馬する為に建設省を退官。これには、奥さんや建設省上層部から反対されたそうですが、子供がいなかったので仮に落選しても何とかなると奥さんを説得したということです。

 

そして、小沢一郎さんなどの支援を受けて1995年に無事に当選するものの、岩手県知事の2期目からは支援を受けた小沢一郎さんと決別し、宮城県知事の浅野史郎さん、三重県知事の北川正恭さん、高知県知事の橋本大二郎さんといった人たちと親しくなり、改革派知事の代表的存在として知られていました。

 

第1次安倍改造内閣

増田寛也さんは、2007年8月27日に成立した第1次安倍改造内閣や福田康夫内閣、福田康夫改造内閣で知事出身の民間閣僚として、地方再生に取り組みました。

 

第1次安倍改造内閣では、総務大臣・内閣府特命担当大臣(地方分権改革担当)、郵政民営化担当、道州制担当、地方・都市格差是正担当に就任。

 

就任の挨拶では、「総理から『地方の元気を引き出すように』と指示を受けた。地域間格差の解消に積極的に取り組みたい」と述べました。

 

まとめ

増田寛也さんの尊敬する人物は、新渡戸稲造(にとべいなぞう)さんみたいだよ。

 

身長182cmで体重77kg。血液型はA型なのね。思ったより身長が高くて驚いたわ。

 

増田寛也さんの趣味はサッカーなんかのスポーツ観戦や、乗馬、スキー、カヌー、サイクリングみたいで、スポーツが好きなんだね。

 

岩手県知事時代には、盛岡商業高校が全国高校サッカー選手権大会で優勝した時に、国立競技場の観客席で地元応援団と一緒に大声で声援を送って、周りを驚かせたというエピソードがあるそうだ。

 

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