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広島 黒田博樹の200勝達成は金沢の中日戦?父親も元プロ野球選手!

 

広島東洋カープ・黒田博樹(くろだひろき)投手の日米通算200勝達成までいよいよあと1勝。今日2016年7月6日に金沢で行われる対中日戦に登板予定ですが、天気が心配です・・・。

 

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黒田博樹の200勝達成なるか

広島・黒田博樹投手は日米通算200勝にあと1勝と王手をかけていますが、達成すればあの野茂英雄さん以来2人目の快挙。

 

野球人として、まだまだ野茂さんには追いつけていないとは思うが、数字だけをみればそこまで来た。自分の中では感慨深い。偉大な投手に少しでも近づけたというのは、今まで野球やってきた中ですごくうれしいこと。(出典:スポニチ)

 

黒田博樹投手は、近鉄やドジャースなどで大活躍して日米通算200勝を達成している、偉大なピッチャー野茂英雄さんに近づくことができると、喜んでいるようです。

 

黒田投手は、昨日7月5日は富山市民球場アルペンスタジアムで調整をしたそうです。そして、日米通算200勝について聞かれ、このように答えています。

 

勝つということは、それはチームが勝つということなので、内容にこだわりはない。しっかりとしたピッチングをして結果的にそれが自分の勝ちにつながればいいかなとは思いますけど。(200勝は)正直なところ実感はまだない。(出典:スポニチ)

 

本当に黒田投手らしい、男気に満ち溢れたコメントです。自分は阪神ファンですが、選手ではイチロー選手も憧れていたという、前田智徳(まえだとものり)外野手が大好きだったので、広島東洋カープも応援しています。

 

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父親は元プロ野球選手

黒田博樹投手の父親が元プロ野球選手という事を始めて知りました。

 

黒田投手のお父さんの名前は、黒田一博(くろだ かずひろ)さんで、長崎県出身。生年月日は1924年9月13日で、2007年8月17日に82歳で肺がんのため亡くなられたそうです。

 

黒田投手は次男みたいですが、結構遅い48歳の時に生まれたお子さんだったんですね。

 

黒田一博さんは、長崎県立佐世保商業高校を卒業。終戦後に軍役生活から戻って、地元長崎の青木産業の軟式野球チームに入って野球を再開。その時のポジションはキャッチャーで、国体で決勝戦まで進んだそうです。

 

そして、国体での活躍が注目を浴び、社会人野球の強豪チーム「八幡製鐵所」からスカウトされ入団。

 

1949年に南海ホークスに入団し、すぐにレギューラーに定着。6番センターとして出場し、1951年からのリーグ優勝3連覇に大きく貢献したそうです。

 

その後、1954年に結成された新しいチーム「高橋ユニオンズ」に移籍。1956年には「大映スターズ」に移籍し、この年限りで現役を引退。

 

1958年、大阪市で「黒田スポーツ」というスポーツ用品店を開店し、ボーイズリーグ「オール住之江」を設立して自分で監督も務め、たくさんの選手を育て上げたそうです。そのチームには、次男の黒田博樹投手をはじめ、楽天の川井貴志投手、元ソフトバンクの田上秀則さんも在籍していたそうです。

 

まとめや感想

黒田投手、今日の金沢で日米通算200勝を達成して欲しいね!

 

今日はタイガース戦じゃないから、全力で応援できる!

 

もう今年の阪神はシーズンが終了しているし、今更どっちでもいいでしょ(^-^;

 

まだまだクライマックスシリーズもあるし、諦めるのは早いわよ!それにしても、今年のカープの強さは何なのかしらね。

 

これで黒田さんが日米通算200勝を達成すると、ますます勢いに乗ってぶっちぎりそうだよね。

 

今年のカープは「神ってる」から手が付けられんな(^-^;

 

 

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