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【波乱万丈】21年前に卓球アジア選手権で優勝した、小山ちれさんのプロフィール!

2017年4月15日に中国の無錫で行われた、卓球のアジア選手権で、この種目では1996年の小山ちれさん以来、21年ぶりに平野美宇選手が優勝という快挙を達成しました!

 

21年前に優勝した小山ちれさんが気になったので、今回は小山ちれさんの現在や何智麗事件、福原愛選手へのコメント問題などについて調べてみました。

 

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小山ちれさんのプロフィール

小山ちれ(こやま ちれ)さんは、1964年9月30日生まれの52歳で、池田泉州銀行に所属する中国系日本人の元卓球選手。

 

小山ちれさんは、中華人民共和国の上海市生まれで、中国名は何智麗(か ちれい、He Zhili, 何智丽)。

 

上海体育学院専門学校を卒業した小山ちれさんは、1987年の世界選手権で中国人選手として優勝。翌年の1988年には世界ランキング1位にもかかわらず、ソウル五輪の中国代表には入れず、そのまま現役を引退。

 

そして1989年、池田銀行卓球部の日本人コーチ小山英之さんと結婚。中国から大阪府池田市へ移住。

 

現役に復帰し日本国籍を取得

夫・小山英之さんの指導の元、現役に復帰した小山ちれさんは、1992年10月に日本に帰化して日本国籍を取得。

 

そして、その年に行われた全日本卓球選手権大会の女子シングルスで初優勝すると、1997年までの6連覇を含む8回の優勝を飾っています。

 

1994年の広島アジア大会では、その時の世界ランキング1位で、バルセロナ五輪女子シングルス金メダリストの鄧亞萍選手を破って優勝し、中国の卓球界を驚かせました。

 

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オリンピックに2度出場

小山ちれさんは、1996年のアトランタ五輪、2000年のシドニー五輪に女子卓球日本代表として出場しています。

 

その間、1997年に夫・小山英之さんと離婚調停を申し立て、2000年に離婚が成立。離婚後も池田市には住み続け、2001年に国際大会から引退しました。

 

小山ちれさんの現在

小山ちれさんは、国際大会から引退した後も、2006年に卓球部が廃部になるまで、池田銀行に所属する実業団選手として日本リーグでの活動を続けました。

 

小山ちれさんは、卓球部が廃部になった後も池田銀行に残り、現在は同銀行がシンクタンク・地域貢献活動を行っている、(株)自然総研のイベント講座で年に数回行われる卓球教室を指導しているそうです。※2010年の合併により池田銀行は池田泉州銀行に変わっています。

 

何智麗事件とは?

何智麗事件事件は、1987年に行われた世界卓球選手権ニューデリー大会の準決勝で、当時はまだ中国の卓球選手だった小山ちれさんと、同じ中国のカットマン管建華選手が対決。

 

この試合では、中国の上層部から小山ちれさんに対して、管建華選手を勝たせるようにと言われていたそうですが、小山ちれさんはそれを無視して優勝を飾ったという出来事です。

 

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福原愛選手へのコメントで批判を浴びる

小山ちれさんは、2003年に当時中学3年生だった福原愛選手との「年齢差のあるライバル関係」についてマスコミに聞かれ、「あの程度の選手は中国にはざらにいます」と発言しました。

 

小山ちれさんの福原愛選手に対するこの発言は「大人げないコメント」と一部の週刊誌で叩かれましたが、まだオリンピックの経験もない中学3年生の選手と同格のライバルと比較され、世界ランキング1位にまでなった事のある小山ちれさんにとって、プライドを傷つけられてつい挑発的な発言になってしまったと見られています。

 

 

最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。

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