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木村沙織がリオ初戦を欠場?小指の怪我の状態は?サオリンに心配の声

 

女子バレー日本代表のキャプテン・木村沙織(きむらさおり)選手がリオ初戦の韓国戦を欠場する可能性が出てきました。

 

木村沙織選手は、右手の小指を負傷しているらしく、サオリンの怪我の状態を心配する声がたくさんあります。

 

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最終予選でも負傷

木村沙織選手は、2016年5月17日に行われた、リオデジャネイロ五輪最終予選の韓国戦で、スパイクを打った時に右手小指を負傷して、今現在も怪我をして場所にサポーターを付けている状態。

 

日刊スポーツの記事によると、7月4日に東京都内で取材に応じた眞鍋監督は「(木村の小指は)あまりいい状態ではない。間に合うかどうか…、無理に出してもどうかという思いはある」とコメントしていたようです。

 

サオリン本人は「初戦に間に合ったらいいなと思っている」と話し、「できることはしている」と今の練習内容について言葉少なにコメントしたそうです。

 

木村沙織選手のプロフィール

木村 沙織(きむら さおり)選手は、1986年8月19日に埼玉県八潮市で生まれました。

2016年7月5日現在の年齢は29歳で、身長185cm、体重68kg、血液型はO型。

 

現在の所属チームは、Vプレミアムリーグの「東レ・アローズ」で、ポジションはウイングスパイカー(WS)。指高233cm、利き手は右、最高到達はスパイク304cm、ブロック293cm。

 

妹の木村美里さんもバレーボール選手で、同じ「東レ・アローズ」でプレーしていて、身長161cm、体重58kgとお姉さんに比べるとかなり小柄ですが、リベロとして活躍していて、2010年のアジア競技大会では日本代表にも選ばれています。

 

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木村沙織選手の学歴や経歴

木村沙織選手は埼玉県八潮市で生まれますが、父親の仕事の都合で大阪、東京都転々として、小学校は東京都あきるの市の多西小学校に通っていました。

 

両親が二人ともバレーボールをやっていて、特に母親の影響を受けて小学校2年生の時に「秋川JVC」に入団。そこでバレーボールを始めたそうです。

 

中学校は名門・成徳学園中学校に進み、大山加奈さん、荒木絵里香さん、大山未希さんといった、後にチームメートになる選手達と出会い、中学校に入学した時は163cmだった身長が、3年間で約15cmも伸びたそうです。

 

2002年にバレーの名門高校として知られている、成徳学園高校(現・下北沢成徳高等学校)に進学し、2003年の春高バレーで優勝。インターハイ開幕と同時に、全日本代表から強化合宿に招集されて、9月のアジア選手権に出場しています。

 

2004年に開かれたアテネオリンピック最終予選でも全日本代表に招集されて、初戦のイタリア戦で代表初スタメン出場を果たして活躍。「スーパー女子高生」と呼ばれてブレイクし、バレーボール全日本女子チームの2大会ぶりのオリンピック出場に大きく貢献しました。

 

成徳学園高校を卒業した後は、東レに所属し、第12回Vリーグで活躍。2005年の新人賞を受賞。

 

2006年には世界選手権に出場。2007年の天皇杯・皇后杯全日本バレーボール選手権大会で優勝して初代チャンピオンに。

 

2008年、2007-08プレミアリーグでは、東レのリーグ初優勝に貢献し、8月に北京オリンピックに出場。

 

2009年、 2008-09プレミアリーグで、女子初の2年連続優勝に貢献、2008年に続いてベスト6賞を受賞。5月に開かれた「第58回黒鷲旗全日本男女選抜バレーボール大会」でも優勝して、木村沙織選手自身初めての黒鷲賞(最高殊勲選手)とベスト6賞を獲得。

 

2010年、 2009-10プレミアリーグで、東レの3連覇に貢献。もちろん、女子史上初の快挙で、木村沙織選手は初めてのMVPと3年連続ベスト6賞を獲得。5月の「第59回黒鷲旗全日本男女選抜バレーボール大会」で2連覇を達成し、2年連続で黒鷲賞とベスト6賞を獲得。

 

2010年11月に開催された「世界選手権」では、エースとしてほぼフル出場を果たし、32年ぶりの銅メダル獲得に大きく貢献しました。

 

2011年は、11月2日に日本文化出版から、木村沙織選手自身初めての、フォト&エッセイ「Saori」を発売。

 

2012年、2011-12プレミアリーグで、東レアローズの4回目の優勝に貢献し、5年連続のベスト6賞を受賞。6月にロンドンオリンピックの代表メンバーに選出され、日本女子バレーボール代表の28年ぶりの銅メダル獲得の立役者になりました。

 

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