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生稲晃子 闘病本のタイトルは?乳がんで乳房を全摘出「恩返しする番」

0943ikuina01(画像:http://topicks.jp/80338)

 

生稲晃子さんが、「右胸にありがとう そしてさようなら」というタイトルの乳がん闘病本を出版したそうね。

 

生稲晃子さんの闘病本は、2011年に乳がんを発症して、再発が2回、去年2015年10月までに手術が5回、乳房の全摘出と再建を行った経験をメインに、1冊の本にまとめているみたいだよ。

 

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生稲晃子さんのwikiプロフィール

生稲 晃子(いくいな あきこ)さんは、1968年4月28日生まれの48歳で、本名は佐山 晃子(さやま あきこ・旧姓は生稲)さん、東京都小金井市の出身だよ。

 

事務所はプロダクション尾木に所属していて、伝説の女性アイドルグループ「おニャン子クラブ」の元メンバーで、会員番号は40番だった。

 

生稲さんは、おニャン子クラブ解散後、1988年5月21日、フジテレビ系放映アニメ『ついでにとんちんかん』の主題歌「麦わらでダンス」でソロデビューしたわね。

 

【動画】生稲晃子 – 麦わらでダンス

 

生稲さんのアイドル時代や「ついでにとんちんかん」のアニメ懐かしい^^

 

生稲さんは運動神経が抜群で、中学生の時は50m走を6秒8で走っていて、『オールスター紅白大運動会』の短距離走でいつも活躍していた、石川秀美さんと競争してみたいと思っていたそうだよ。

 

懐かしいわ、石川秀美さんはやっくんこと薬丸裕英さんの奥さんね。

 

 

乳がんとの闘い

生稲晃子さんの乳がんが見つかったのは、2011年4月28日、43歳の誕生日の時だったみたいだよ。

 

そして、5月6日に腫瘍のある部分を切除する乳房温存手術を受け、放射線照射と薬による治療を続けた。

 

2012年夏に乳がんが再発してしまい、癌ができた部分を切除する再手術を受けたらしいよ。

 

2013年10月に3回目の切除手術、その年の12月27日に右胸の乳房を全摘出する手術を受けたのね。

 

そして、2015年10月27日、右乳房の再建手術を受けて、その年の11月に乳がんだったことを公表したんだね。

 

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乳がん闘病本を出版

生稲晃子さんは、おニャン子クラブ解散後、女優として芸能活動を続けていて、2003年に実業家の男性と結婚、2006年に女の子を出産したのよ。

 

仕事や子育てで忙しい中、心理カウンセラーの難しい資格を取得していたんだね。

 

2011年4月28日、43歳の誕生日に乳がんが見つかった時には、主治医から「これだけ早期に発見できたのは幸運ですよ」と言われたそうだ。

 

その年の5月6日に手術をうけて、リンパ節とかへの移転もなくて、仕事と治療を両立しながら後は治るのを待つだけの筈だったけど、2012年の夏に再発してしまったんだね。

 

2013年に右乳房の全摘出手術を受けてからは、再発や移転もなくて、仕事にも影響はないみたい。

 

乳がんを公表した時は、周りの人に「気持ち的にすごく楽になった」って話していたみたいだよ。

 

【動画】生稲晃子 生放送インタビュー・闘病生活を告白 1/2

【動画】生稲晃子 生放送インタビュー・闘病生活を告白 2/2

 

そして、「私の経験が多くの人の参考になれば。勇気を与える存在になりたい」とコメントしていたそうだ。

 

生稲晃子さんの闘病本「「右胸にありがとう そして さようなら」は、2016年4月28日に発売されて、昨日5月17日に講演会、今日5月18日には「三省堂書店池袋本店 」で19:00から出版記念サイン会が開かれるよ。

 

 

今日の講演会に来て下さった皆様、どうも有難うございました😄とてもあたたかい空気に包まれて、心地よくお話させていただくことができました!

(引用元:生稲晃子オフィシャルブログ)

 

生稲さんは、講演会についてブログにこう綴っていたわ。生稲晃子さんに勇気づけられる方々が、たくさんいらっしゃるのね。

 

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