【藤森昭一死去】病名や病院、死因は?宮内庁参与で天皇陛下の相談役

 

藤森昭一死去という残念なニュースがありました。心よりご冥福をお祈り申し上げます。

 

藤森昭一(ふじもりしょういち)さんの病名や病院、死因などが気になります。

 

藤森昭一さんは、宮内庁参与で天皇陛下の相談役を務められました。

 

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藤森昭一氏死去

藤森昭一さんがお亡くなりになられたのは、2016年6月25日で、89歳だったそうです。

 

藤森昭一さんは、元宮内庁長官で昭和天皇の崩御に伴う対応などにあたりました。

 

藤森昭一さんの病名や病院、死因などはまだ明らかになっていません。

 

藤森昭一のプロフィール

藤森 昭一(ふじもり しょういち)さんは、1926年12月26日に生まれ、2016年6月25日に89歳でお亡くなりになられました。

 

長野県松本市出身で、内閣官房副長官、宮内庁長官、日本赤十字社社長などを歴任しています。

 

藤森 昭一さんは、旧制松本中学(のち長野県松本深志高等学校)、旧制松本高校文科を経て、東京大学法学部政治学科を卒業。学位は法学士。

 

厚生労働省の出身で、環境事務次官を経て1982年に中曽根康弘内閣が発足した時に、事務担当の内閣官房副長官に就任。

 

藤森 昭一さんの旧内務官僚としての堅実な行政手腕が高く評価されて、副長官主任は中曽根内閣の5年間に及びました。

 

藤森 昭一さんは、突発的な危機に官邸が対応できるように、副長官任期中は一度も東京を離れなかったというエピソードがあるそうです。

 

これは、内閣安全保障室長だった佐々淳行さんの著書『わが上司 後藤田正晴』で明かされ、藤森 昭一さんの職務に対する責任の高さを賞賛しています。

 

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藤森 昭一さんは官房副長官を退任後、1988年6月14日から、宮内庁長官を務め、1989年1月7日に昭和天皇が崩御された時に、天皇崩御の報告会見を行いました。

 

さらに、1989年2月24日の大喪の礼、1990年11月の今上天皇の即位の礼・大嘗祭などを取り仕切り、1996年1月18日に退任されました。

 

そして、1996年10月、日本赤十字社第13代目社長に就任。

 

同時に宮内庁参与として宮内庁の職に勤めていましたが、2005年2月28日に退任され、3月には日本赤十字社社長も退任されました。

 

藤森 昭一さんには、日本赤十字社名誉社長の称号が贈られたそうです。

 

他にも、1999年11月3日に、叙勲。勲一等旭日大綬章受章。2004年には菊葉文化協会理事長に就任されています。

 

藤森 昭一さんの生年月日は1926年12月26日ですが、約1週間しかなかった昭和元年に生まれています。名前の昭一もそこから由来しているそうです。

 

まとめ

藤森 昭一さんの「突発的な危機に官邸が対応できるように、副長官任期中は一度も東京を離れなかった」というエピソードが凄いなと思いました。

 

本当に責任感の強い実直な方だったという事がよく分かります。

 

先日東京都知事を辞任された方に聞かせてあげたいです。知っているとは思いますが・・・。

 

心よりご冥福をお祈り申し上げます。

 

 

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