長谷川五郎(五目ならべ 考案者)の高校や大学は?wikiプロフィール!

 

長谷川五郎(はせがわごろう)さんは、移動五目ならべの考案者です。

 

長谷川五郎さんの高校や大学、経歴などのwikiプロフィールを調べてみました。

 

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長谷川五郎さんのwikiプロフィール

長谷川五郎(はせがわ ごろう)さんは、1932年(昭和7年)に生まれ、2016年(平成28年)6月20日にお亡くなりになられました。

 

茨城県水戸市出身のボードゲーム研究家、ゲーム考案家。

 

長谷川五郎さんが考案したボードゲームで一番有名なものは、オセロゲームです。

 

オセロの名誉十段で、日本オセロ連盟の会長を務めていました。

 

オセロ以外にも、も88オセロ、ソクラテス、ミラクルファイブ、セルゴ、大碁(だいご)といったボードゲームも考案。

 

長谷川五郎さんは、10×9路盤を使った移動五目ならべ「セルゴ(宇宙遊泳)」も考案しています。

 

長谷川五郎さんの経歴

長谷川五郎さんの父親は、英文学研究者(茨城大学教授)の長谷川四郎さん。

 

高校は、旧制水戸中学(現茨城県立水戸第一高等学校)に入学。

 

オセロができるきっかけ

学校の短い休み時間でも楽しめるゲームが欲しいと考え、碁石を使って相手の石をはさむととれるというルールの「挟み碁」というゲームを考えた事が、後のオセロ考案に繋がっているそうです。

 

その後ルールを変更し、石を取り除くのではなく、色を反転させるようにして、牛乳瓶のふたを使って裏表を反転させるように改良して、現在のオセロの形にたどりついたようです。

 

ゲームの名前を「オセロ」にした理由

長谷川五郎さんは、そのゲームを考えた時に、名前をどうするか父親の長谷川四郎さんに相談。

 

英文学研究者だった父親が、シェイクスピアの「オセロ」と取り上げたことから、ゲームの名前が『オセロ』になったそうです。

 

盤面が緑、白石と黒石になった理由は?

オセロゲームの盤面が緑で、石が白と黒になった事にも理由があるようです。

 

シェイクスピアの『オセロ』は、白人女性の白人女性のデズデモーナと、その夫の黒人軍人オセロが、緑の平原で勇猛果敢に闘う物語。

 

白人女性=白石、黒人軍人=黒石、緑の平原=緑色の盤面、ということだそうです。

 

大学時代

大学は、茨城大学経済学部政経科に進学し、大学時代は特にオセロを普及させるということまでは考えず、あくまで身近な人と遊ぶために、オセロを手作りで作って配る程度だったようです。

 

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製薬会社に就職

長谷川五郎さんは、茨城大学を卒業後、製薬会社に就職し、営業職の仕事をしていました。

 

営業先などで自分が作ったオセロを披露していたら、担当していた顧客の医局長がオセロを高く評価してくれる。

 

オセロ選手権

そして1972年、ツクダオリジナルの社長、佃義範さんと企画担当者に面会する機会があり、オセロを育てる夢を語り合って意気投合。

 

ツクダオリジナルとゲームとしては異例の長期契約を結んで、1973年に日本オセロ連盟を設立し、東京で第1回全日本オセロ選手権大会を開催し、ツクダオリジナルがオセロの販売を開始。

 

そして、年々「オセロ」ファンが増えていったとのことです。

 

まとめ

オセロにそんな歴史があるとは知りませんでした。

 

そして、日本人が考案したゲームだというのも意外でした。

 

学校の休み時間に遊べるゲームから世界のゲームへ・・・・

 

本当に凄いです!

 

 

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