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海老沼匡の日本兵はなぜ?結婚した嫁は誰?凄い筋肉でリオで柔道金を!

 

海老沼匡(えびぬままさし)選手が日本兵で検索されるのはなぜなのか。結婚した嫁(奥さん)は誰なのか。鍛え抜かれた凄い筋肉でリオオリンピックで柔道金メダルを目指す、海老沼匡選手についてまとめました。

 

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海老沼匡選手のプロフィール

海老沼 匡(えびぬま まさし)選手の生年月日は1990年2月15日で、現在の年齢は26歳。

 

栃木県小山市出身の柔道選手で、階級は66kg級。得意技は背負い投げ。

 

身長は170cmで血液型はO型。

 

パーク24に所属しています。

 

海老沼匡選手の日本兵とは?

海老沼匡選手をネットで検索すると、関連キーワードに「日本兵」が最初に出てきます。

 

なぜかな?と思って少し調べてみたら、2012年に日本テレビ系列で放送された「ロンドン五輪2012 明石家さんま&櫻井翔&上田晋也のメダリスト生大集結祝勝会」での出来事が関係しているようです。

 

2012年のロンドンオリンピックで柔道66kg級に出場し、銅メダルを獲得した海老沼匡選手はこの番組に出演し、MCの明石家さんまさんに「日本兵か!」というツッコミを受けていたそうです。

 

海老沼匡選手のキーワードで「日本兵」が出てくるのは、おそらくそれが原因だと思います。

 

海老沼匡選手が結婚した嫁は誰?

海老沼匡選手は結婚しているので、嫁(奥さん)が誰かも調べてみました。

 

海老沼匡選手が結婚したのは2014年12月22日。結婚相手は同じ柔道家で三井住友海上に所属していた、阿部香菜(あべかな)さん。

 

阿部香菜さんは、1988年4月25日生まれの28歳で、身長は160cm、階級は63kg級。世界選手権で5位になったこともある実力者です。

 

海老沼匡選手は阿部香菜さんにプロポーズするためにリムジンを手配し、東京タワーなどを回りながら車内でプロポーズをしたというエピソードがあります。

 

そして、阿部香菜さんは、一緒にいても気を使わないところと、柔道を一番に考えている自分をちゃんと理解してくれる海老沼匡選手が良いそうです。

 

2人が知り合ったのは、海老沼匡選手が世田谷学園高校2年生の時に出場した「アジアジュニア」で、奥さんの阿部香菜さんはその時、東北高校3年生。

 

その大会で優勝した海老沼匡選手は、阿部香菜さんとその頃から付き合っていたそうです。

 

海老沼匡選手は筋肉が凄い

海老沼匡選手は筋肉が凄いです。

 

身長が170cmで66kg級の海老沼匡選手は、柔道の試合前には体脂肪率を5%台にまでしぼるそうです。

 

【画像】海老沼匡選手の筋肉写真

 

はだけた柔道着から見える、海老沼匡選手の筋肉がカッコイイ!

 

リオオリンピックではこの鍛え抜かれた肉体で、悲願の金メダルを獲得して欲しいです!

 

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海老沼匡選手の経歴

海老沼匡選手はお兄さんの影響で、5歳の時に野木町柔道クラブで柔道を始めました。この道場は、リオオリンピック柔道60kg級で銅メダルを獲得した高藤直寿選手も所属していたそうです。

 

海老沼匡選手の長兄は、現在パーク24に所属している柔道家の海老沼聖さんで、次兄は流通経済大学に所属している海老沼毅さん。

 

中学で講道学舎に入るために上京し、弦巻中学に通い、3年生の時には「全国中学校柔道大会」の66kg級で優勝。

 

高校は世田谷学園高校に進学し、2年生の時に「アジアジュニア」で優勝。3年生の時には「ジュニア体重別」の73kg級で3位になりました。

 

海老沼匡選手は2008年に明治大学に進学し、階級を73kg級から66kg級に戻し、大学2年生の時に「ユニバーシアード」と「講道館杯」で優勝。

 

グランプリ・アブダビではIJFワールド柔道ツアー初優勝し、「グランドスラム・東京2009」でも優勝。まさに飛躍の年になりました。

 

そして、明治大学4年生の時には「体重別」で2連覇を達成し、パリで開催された「世界選手権」でも優勝しました。

 

大学を卒業した2012年4月に、パーク24に就職。柔道部の監督は、講道学舎の先輩でバルセロナオリンピック78kg級金メダリストの吉田秀彦さんが務めていました。

 

2012年5月に行われた「体重別」で3連覇を達成し、ロンドンオリンピックへの出場が決定。

 

2012年7月に行われたロンドンオリンピックでは、準決勝でグルジアのラシャ・シャフダトゥアシビリに敗れ、3位決定戦でポーランドのパベウ・ザグロドニクを大腰で下して銅メダルを獲得。

 

2012年8月16日に地元の栃木県と小山市に凱旋報告を行い、栃木県からスポーツ功労賞が授与され、栃木県の広報大使『とちぎ未来大使』に委嘱されました。

 

2013年2月に行われた「グランプリ・デュッセルドルフ」では、決勝で綜合警備保障の福岡政章選手を破り優勝。

 

8月に行われた「世界選手権」では、6試合オール一本勝で大会2連覇を達成。

 

決勝戦で左腕を負傷しながら勝利した海老沼匡選手に対し、対戦相手だったカザフスタンのアザマト・ムカノフ選手は「骨が折れたと思ったが攻めてきた。サムライだよ」と試合後のインタビューでコメントしていたそうです。

 

2014年2月に行われた「グランプリ・デュッセルドルフ」で大会2連覇を達成。

 

8月に行われた「世界選手権」では、決勝戦で地元ロシアのミハイル・プリャエフ選手を内股で下し、リオオリンピック柔道日本代表の監督・井上康生さんが2003年に達成して以来、史上5人目の世界選手権3連覇の快挙を達成しました。

 

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