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【24時間テレビ マラソン】歴代で失敗(リタイア)したのは誰?

ライター:こた

24時間テレビのマラソンで、歴代のランナーで失敗(リタイア)したのは誰なのかや、距離や歴史について調べました。

 

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24時間テレビの歴史

毎年日本テレビ系で夏に放送される『24時間テレビ 「愛は地球を救う」』が始まったのは、1978年8月26日。通称は『24時間テレビ』や『24HTV』などと言われています。

 

24時間テレビは、日本テレビ系列(NNN・NNS)30社と沖縄テレビ(フジテレビ系列)を加えた、民間放送局31社が共同で主催している番組。

 

今年2016年は、『24時間テレビ39 「愛は地球を救う」』として、8月27日(土)~28日(日)にかけて放送。39回目になる今回のテーマは「愛~これが私の生きる道~」

 

1978年に、日本各地でチャリティーキャンペーン活動を行う番組として、「愛は地球を救う」をキャッチフレーズに24時間テレビは始まりました。

 

今では当たり前のようになりましたが、年末年始や緊急時など以外で、特別番組を終夜放送するという事は、その当時としては画期的な企画で、それが実現した理由には、福祉をテーマにしていた番組ということがあるそうです。

 

24時間テレビのイメージカラーは黄色で、シンボルマークは赤色・黄色・緑色のグラデーションで色付けされた地球と、軌道上を周回する月をデザインしたもの。

 

最初に始まった時は、24時間テレビという番組名通り、土曜20:00~日曜20:00の24時間放送されていましたが、徐々に放送時間が長くなり、2002年の第25回以降は、土曜18:30~日曜20:54の26時間半が基本になっています。

 

24時間テレビの司会といえば、徳光和夫さんのイメージですが、1978年に番組が始まって以来、毎年出演していて、1980年の第3回から2010年の第33回まで、31年連続で総合司会を務めています。

 

チャリティーマラソン

24時間テレビのメイン企画の一つになっているチャリティーマラソンが始まったのは、1992年の第15回からで、それ以降は毎年実施されています。

 

土曜日の19時頃にスタートして、24時間テレビの放送が終了するまでに日本武道館のゴールを目指すというのが基本。

 

チャリティーマラソンで走る距離は、毎年マラソンランナーの年齢や体力などを考慮して決められていますが、100kmというイメージがあります。

 

記念すべき第1回チャリティーマラソンランナーは間寛平さんで、挑戦する距離は200kmでした。

 

チャリティーマラソンの初回は、前もって出発地点や走るルートを公開していたので、見物に来る人が殺到し交通の妨げになるという理由で、間寛平さんは153kmを走ったところで途中棄権になってしまいました。

 

そういう事があって、それ以降出発地やルートが原則非公開になっています。

 

思わぬ形でチャリティーマラソンをリタイアする事になってしまった間寛平さんは、翌年1993年の第16回でもランナーを務め、200kmの距離を見事に完走しています。

 

さらに間寛平さんは、1995年の第18回もチャリティーマラソンのランナーを務めました。

 

間寛平さんはこの年、1月17日に発生した阪神・淡路大震災で兵庫県宝塚市の自宅を失い、被災地復興の願いを込めて、神戸市内から日本武道館までの約600kmを1週間かけて走り抜いています。

 

歴代のランナーで失敗(リタイア)した人は?

1992年の第15回から始まった24時間テレビのチャリティーマラソン歴代ランナーの中で、挑戦に失敗してリタイアした人は、第15回の初回に走った間寛平さんだけです。

 

リタイアしたといっても、見物客が殺到して交通の妨げになるという理由だったので、歴代のランナーで失敗した人はゼロみたいなものだと思います。

 

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歴代のチャリティーマラソンランナー

【第15回(1992年)】

間寛平(43歳)
走行距離:153km

 

【第16回(1993年)】

間寛平(44歳)
走行距離:200km

 

【第17回(1994年)】

ダチョウ倶楽部

肥後克広(31歳)
寺門ジモン(31歳)
上島竜兵(33歳)

走行距離:100km

 

【第18回(1995年)】

間寛平(46歳)
走行距離:600km

 

【第19回(1996年)】

赤井英和(37歳)
走行距離:100km

 

【第20回(1997年)】

山口達也(25歳)
走行距離:100km

 

【第21回(1998年)】

森田剛(19歳)
走行距離:100km

 

【第22回(1999年)】

にしきのあきら(50歳)
走行距離:110km

 

【第23回(2000年)】

トミーズ雅(40歳)
走行距離:150km

 

【第24回(2001年)】

研ナオコ(48歳)
走行距離:85km

 

【第25回(2002年)】

西村知美(31歳)
走行距離:100km

 

【第26回(2003年)】

山田花子(28歳)
走行距離:110km

 

【第27回(2004年)】

杉田かおる(39歳)
走行距離:100km

 

【第28回(2005年)】

丸山和也(59歳)
走行距離:100km

 

【第29回(2006年)】

アンガールズ

田中卓志(30歳)
山根良顕(30歳)

走行距離:100km

 

【第30回(2007年)】

萩本欽一(66歳)
走行距離:70km

 

【第31回(2008年)】

エド・はるみ(非公表)
走行距離:113km

 

【第32回(2009年)】

イモトアヤコ(23歳)
走行距離:126.585km

 

【第33回(2010年)】

はるな愛(38歳)
走行距離:85km

 

【第34回(2011年)】

徳光和夫(70歳)
走行距離:63.2km

 

【第35回(2012年)】

佐々木健介&北斗昌ファミリー

佐々木健介(46歳)
北斗晶(45歳)
佐々木健之介(13歳)
佐々木誠之介(9歳)

走行距離:合計120km

 

【第36回(2013年)】

大島美幸(33歳)
走行距離:88km

 

【第37回(2014年)】

城島茂(43歳)
走行距離:101km

 

【第38回(2015年)】

DAIGO(37歳)
走行距離:100km

 

2016年のチャリティマラソンランナー

今年2016年に放送される、24時間テレビ39「愛は地球を救う」のチャリティーマラソンランナーは、落語家の林家たい平さんで、走行距離は100.5kmを予定しているそうです。

 

2016年5月29日(日)に放送された「笑点 昇太新司会&新メンバー発表SP」の生放送内で、林家たい平さんのチャリティーマラソンランナーが発表されました。

 

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